妙雲寺に瀑を観る

大正元年九月

蕭条たる古刹 崔嵬に倚る 渓口 僧の石苔に坐する無し山上の白雲 
明月の夜直ちに銀蟒となりて仏前に来たる          

漱 石



文豪、夏目漱石が塩原を訪れたのは大正元年で、 避暑のため、八月十七日から二十三日までの六泊七日の旅であった。 西那須野からは塩原軌道で、関谷からは人力車に乗り換えて来塩であった。 二十二日に妙雲寺を訪れ、冒頭の漢詩を当時の住職に依頼されて詠んでいる。 蕭条は物寂しい様子。古刹は古寺。崔嵬は岩山。渓口は谷川の入り口。 石苔は苔むした石。銀蟒は銀の大蛇のこと。境内にある常楽の滝の様子を詠んだものである。 なお、この漢詩は、帰京後、九月下旬になって書簡と共に送られたものである。 夏の参堂時の無礼をわび、作品と書の稚拙さを謙遜した自筆の書簡は 漢詩と共に妙雲寺に所蔵されている。

常楽の滝から少し奥に入ったところに、


 湯壷から首丈出せば野菊哉          漱石


の句碑もある。塩の湯の玉屋に 出掛けて入浴した時に詠んだものであろう。