民話 片葉の葦 |
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むかしむかしのお話しです。 ある一人の若い僧が修行の旅をしておりました。 下野国は山深い塩原の里を通りかかったとき、「蛍ヶ谷」という葦の生い茂る寂しい川のほとりでふと僧は足をとめました。 そしてなにか思い立ったように木々やカヤを集め、雨露をしのぐだけのみすぼらしい小屋をたて、山から木を切り出すと、七文字のお題目をとなえながらノミをふるい仏様を刻みはじめました。 「カーン、カーン、カーン、カーン」 「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経‥‥‥‥」 僧は寝食を忘れて、一心不乱にノミをふるいました。 ある美しい月夜の晩、僧が仏様を刻んでいると、どこからともなく美しい葦笛の音が聞こえてきました。 「はて、このような寂しいところで一体誰であろう」 次の晩も、またその次の晩も “ヒヤッ”とする冷気のなか葦笛の音は聞こえてきました。 そんなある晩のこと、いつものように僧が仏様を刻んでいるとふいに後ろのほうから若い女の声がしました。 「もしお坊様、お坊様」 僧が驚いて振り返ると、そこには月の光に照らされて世にも美しい娘がたっておりました。 「もしお坊様、そんなにこんをつめずに少しお休みになられたらどうですか?」 「いや、私には一刻もはやくこの仏様をほりあげるつとめがあります。」 娘のさそいを断わると、僧はまた仏様に向かいお題目を唱えつづけました。 「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華軽‥‥‥‥」 「まあ、そのようなことおっしゃらずに」 娘はなおもしつこく僧をさそいます。 「お坊様のお心をおなぐさめるためにりっぱなお庭を造りました。さあごらんください。」 「あっ!」 娘の指さすほうを見て僧は一瞬手をとめました。 なっなんと、いままで寂しかった葦原がいつのまにか壮大な庭園へとかわっているではありませんか。 その庭は、滝は絹糸が流れるがごとく、池には舟をうかべ、老松は青々と茂り、奇岩をはいし、若芽ふく青柳は風にたなぴき、美しい鳥たちのさえずりにあふれていました。 「さあ、さあ、お坊様わたしがご案内いたしますから。」 娘は僧の手をとってさそいます。 「いっいや、わたしは仏に仕える身です。」 「さあ、わたしが葦笛を吹いてさしあげますから。」 「では、毎夜きこえてくる葦笛の音はあなたでしたか。」 僧は娘の吹く葦笛の昔にさそわれて、なにかにとりつかれたようにスーツと立ち上がりました。 そして、娘に誘われるまま一歩また一歩と庭に近づいていきました。 と、そのときです。 「カタッ!」 仏様が台の上から音をたててころげ落ちました。 「はっ!」 その音はかすかなものでしたが、僧の心にはいなずまのごとく響きわたりました。 我にかえった僧は娘の手を必死に振りほどき、しっかと仏様をいだきました。 「南無妙法蓮華経!南無妙法蓮華経!」 すると、娘はみるみる恐ろしい鬼のような顔つきへとかわり、僧にとりつこうとします。 「おのれ、ぱけもの!」 「ヤッ!」 僧は持っていた仏様を娘に投げつけました。 「ギャーーーーーーッ!」 すさまじい叫び声が暗やみに響くと、その姿は消え去り壮大な庭園もスーッと一瞬にして消えうせてしまいました。 気がつくと、そこはいつもとかわらぬ静かな葦原で、美しい月がコウコウと僧を照らしておりました。 翌朝、仏様は出来上がりました。 僧は魔物の誘惑にもまけず、とうとう本願成就をとげたのです。 そして、キリリッと身じたくをととのえると、塩原の里を後にしてまたどこともなく修行の旅へと旅立っていきました。 「片葉の葦」は古町五丁目源三窟下にあり、塩原七不思議の一つに数えられています。
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